ツキノワグマの生態を追い続ける研究者が、雪山の冬眠穴で母グマと遭遇した実体験を語る。
過去最多のクマ被害が報じられるなか、「彼らを理解するには危険を伴う現場を知ることが必要だ」と話す専門家。
命を懸けて挑んだ“冬眠穴調査”の現場には、未知の生態と極限の対峙があった。
- クマ研究者が冬眠穴調査中に母グマと遭遇
- 顔を穴に突っ込んだ瞬間、目の前に「クマの鼻」があった
- 出産中の母グマに接近し、命の危険を実感
- 冬眠中でも完全に眠っているわけではない
- 調査現場は技術と経験が必要な“命がけの環境”
ツキノワグマ研究の現場で起きた「冬眠穴の真実」
「クマは冬眠するから研究は楽だね」──。
そう笑われたことが、研究の原点だった。
ある研究者は、雪山登山の経験を活かして、あえて“冬眠中のクマ”の調査に挑んだ。
当時、日本で冬眠穴の研究を行っていたのはごくわずか。海外では研究が進んでいたが、国内では未開拓の分野だった。
「冬眠しているから安全」と思われがちだが、実際は真逆だ。 クマが眠る場所は、人間が容易に入れない断崖や岩穴の奥深く。 装備を整え、雪に足を取られながらの登山。 探知機で電波を追っても、反応の多くは“到達不可能な場所”を示していた。
■ クマの冬眠穴調査に必要な装備と条件| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な装備 | 雪山登山具、ワカン、発信機受信装置、撮影機材 |
| 調査時期 | 1〜3月(冬眠期) |
| リスク | 低体温症、雪崩、滑落、母グマとの遭遇 |
| 必要なスキル | 登山経験、動物行動の知識、判断力 |
「鼻の穴が2つ見えた瞬間、血の気が引いた」
初めて冬眠穴にたどり着いたのは、大学院時代の冬。 山梨の集落近く、険しい尾根の斜面。 雪をかき分け、根の下に空いた空間を覗き込むと、そこにあったのは黒く光る「2つの穴」。 「それがクマの鼻だと気づいた瞬間、全身が凍りついた」と振り返る。
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冬眠中とはいえ、母グマは完全に眠っていない。 子育ての最中で、外敵に対して非常に攻撃的になるという。 「招かれざる客」として侵入した研究者は、わずか一歩違えば命を落としていた可能性があった。
母グマの冬眠穴 静寂の裏に潜む「命の現場」
冬眠穴は、ただ眠るための場所ではない。 母グマにとって、そこは“命をつなぐ産室”でもある。 冬の間に出産し、母乳で育てる。 そのため、外敵や人間の気配には極端に敏感だ。 わずかな物音や匂いで、穴を移動してしまうこともある。
研究者は「穴の近くにビデオカメラを設置したが、母グマはすぐに子どもを連れて引っ越してしまった」と語る。 静かに暮らしていた母子にとって、人間の接近は“脅威”そのものだった。
■ 冬眠穴の特徴(ツキノワグマの場合)| 項目 | 特徴 |
|---|---|
| 場所 | 倒木の根元・岩の隙間・斜面の穴 |
| 温度 | 外気より約10℃高く安定 |
| 構造 | 2つの出入口を持つことが多い |
| 出産時期 | 1月〜2月頃(冬眠中) |
極限の現場に立つ理由 「恐怖よりも好奇心が勝った」
クマ研究は、フィールドワークの積み重ねでしか進まない。 発信機を使っても電波が届かず、雪崩の危険と隣り合わせ。 「それでも行くのは、クマという生き物のリアルを知りたいから」。 研究者は“恐怖よりも好奇心が勝った瞬間”を何度も経験してきた。
「彼らのフンを分析すれば、食性や行動範囲がわかる。 冬眠穴を観察すれば、親子の関係や出産のタイミングも見える。 どれも机上のデータでは決して掴めない」と語る。
■ 研究現場で得られた主な発見- 母グマは冬眠中も外界の音を感知している
- 冬眠中でも体温は下がりすぎず、活動準備を維持
- 出産後は2〜3カ月で子を連れて巣を変えることも
- 人の匂いを嫌い、警戒心を学習する
FAQ:冬眠するクマと人との距離Q&A
Q1. 冬眠中のクマは完全に眠っているの?
A1. いいえ。半覚醒状態で、物音や匂いを感知できるとされています。
Q2. なぜ母グマは冬眠中に出産するの?
A2. 冬眠中は代謝が下がり、外敵が少ないため、安全に出産・授乳できる環境だからです。
Q3. クマは冬眠中に人を襲う?
A3. 通常はありませんが、母子に接近した場合、攻撃的になる危険があります。
Q4. 冬眠穴を見つけたらどうすれば?
A4. 近づかず、自治体や専門機関に通報してください。
Q5. 冬眠はいつまで続く?
A5. 地域によりますが、3月〜4月頃に終了し、春先に活動を再開します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発生地 | 山梨県の雪山地帯 |
| 危険度 | 母グマに接近する極限状況 |
| 発見 | 母グマは出産中も感覚を保ち、外界を察知する |
| 教訓 | 自然を軽視せず、敬意を持って観察する姿勢が重要 |
「理解こそ最大の安全対策」──研究者が見た“クマの素顔”
冬眠穴の暗闇で息をひそめ、鼻先の2つの穴に命を脅かされた夜。 研究者は「恐怖よりも感動が勝った」と語る。 「生きる力のすさまじさを目の当たりにした瞬間だった」。
クマは決して“凶暴な敵”ではない。 彼らもまた、自然の中で必死に生きる生き物だ。 学んだのは、「理解こそが最大の安全対策」だということ。 人が正しく知り、距離を取ることで共存への道は開ける。
極限の現場で交わされた“無言の対峙”──。 それは、自然と人間の境界線がいかに脆いかを教えてくれる静かな警鐘でもある。
