老舗温泉旅館にクマ居座り　経営者家族が語る緊迫の一夜

老舗温泉旅館にクマ侵入　家族が避難し一夜を明かす

山形県米沢市にある「滑川温泉 福島屋」は、江戸時代から続く秘湯の宿として知られています。2025年11月6日夜、体長約1.2メートルのクマが旅館内に侵入し、調理場や客室を荒らしました。鍋や食器が散乱し、冷蔵庫は開け放たれた状態だったといいます。

当時、旅館には経営者の家族3人が宿泊しており、「いつも寝ている部屋の前にクマがいた。避難していなかったら危なかった」と語りました。家族は防火扉の奥に避難し、一夜を明かしたといいます。

翌7日、米沢市は緊急銃猟を発令し、猟友会のハンターが館内に入りクマを駆除。現場は無事に収束しましたが、宿の関係者や地域住民には衝撃が走りました。

「冷蔵庫まで開けていた」　クマの行動と現場の惨状

現場では、冷蔵庫や食器棚が開け放たれ、調味料や食材が床一面に散乱していました。障子や襖も破られ、旅館の被害は甚大でした。関係者によると「これほどの被害は初めて」で、記録上も例のない出来事だといいます。

旅館は山中の自然に囲まれた秘湯で、野生動物の生息域と隣接しています。専門家は「秋は食料が不足し、冬眠前のクマが人里に下りやすい」と指摘。特に今年は木の実の不作が報告され、クマの行動範囲が広がっていました。

幸い宿泊客はいませんでしたが、旅館側は「命に関わる危険だった」と振り返ります。地域では安全確認と再発防止策の検討が急がれています。

増える出没　背景に“食料不足”と“生息域の拡大”

環境省の統計によると、2025年の全国のクマ出没件数は前年の約1.4倍に増加。山形県内でも同年10月までに150件を超え、過去最多ペースとなっています。背景には山の実り不足、気候変動による生態系の変化、里山の荒廃など複合的な要因が重なっています。

さらに、耕作放棄地や空き家が増加し、人とクマの生活圏の境界が曖昧になっていることも要因の一つとされています。自治体では、パトロールや防災無線を活用した注意喚起を強化しています。

緊迫の一夜と救出の流れ

経営者家族が経験した「避難から駆除まで」の流れを時系列で整理します。

夜22時頃 ➜ 調理場で物音に気づく
22時30分 ➜ クマを確認、防火扉奥に避難
23時〜翌3時 ➜ クマが館内を徘徊、食料を荒らす
翌7日10時 ➜ 市が緊急銃猟を発令
12時頃 ➜ 猟友会が館内に入り駆除完了

この間、家族は通報後も静かに避難し、安全確保を最優先しました。「防火扉が命を守った」と関係者は話しています。事件後、旅館では防獣設備や警報システムの見直しを検討しています。

地域社会の対応と「共存」の難しさ

米沢市は事件を受け、周辺の登山道を一時閉鎖。地元猟友会と協力して監視体制を強化しました。また観光への影響を抑えるため、安全情報の発信を強化し、宿泊者への注意喚起を進めています。

一方で専門家は「駆除だけでは解決しない」と警鐘を鳴らします。生息域の調査や餌資源管理、里山再生など長期的な対策が不可欠です。

旅館側も「自然と共にある宿」として、地域の自然資源を生かした取り組みを続けてきました。今後は安全性を確保しながら、改めて“共存”の在り方を模索していくとしています。

FAQ：老舗温泉旅館クマ侵入事件について

老舗旅館が示した“自然と生きる宿”の覚悟

200年以上の歴史を持つ老舗旅館に起きた今回の出来事は、自然の中で暮らすリスクを改めて浮き彫りにしました。

旅館関係者は「自然の中で生きるということは、危険と隣り合わせでもある。けれど命を守る備えが最も大切」と語ります。その言葉には、伝統と安全を両立させようとする覚悟が感じられます。

今回の事件は、単なる動物被害を超え、人と自然の距離を見つめ直す契機となりました。山間の温泉地に根づく“共存の知恵”が、これからの防災と観光の方向性を照らしています。