セマウル食堂新村店が閉店、17年の歴史に幕─韓国学生街の今

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韓国の人気焼肉チェーン「セマウル食堂」新村店が、2025年10月末に閉店しました。2008年から17年間にわたり、ソウルの学生街・新村で愛されてきた名店の突然の閉店に、多くのファンが衝撃を受けています。店頭に掲示された「ロト当選を願いましたが当たりませんでした」というユーモアを交えた閉店案内文がSNSで拡散され、韓国国内外で大きな話題となっています。なぜこの人気店が閉店に追い込まれたのでしょうか。そして、かつて活気に満ちていた新村の学生街に何が起きているのでしょうか。あなたも韓国旅行で訪れたことがある場所かもしれません。その背景を詳しく見ていきましょう。
目次

セマウル食堂新村店の閉店─17年の歴史が終わる

2025年10月30日、韓国のオンラインコミュニティに「17年間営業していたセマウル食堂 新村店の近況」という投稿が掲載され、瞬く間に拡散されました。店頭に掲示された閉店案内には、こう書かれていました。

「経営が厳しく、ロト当選を願いましたが当たりませんでしたので、営業を終了します。これまでご来店いただいた皆様、ありがとうございました。2008〜2025」

このユーモラスながらも切実な文面が、多くの人々の心を打ちました。セマウル食堂は韓国全土に展開する人気焼肉チェーンで、リーズナブルな価格と本格的な味で学生から社会人まで幅広い層に支持されてきました。特に新村店は、西江大学や延世大学といった名門大学が集まる学生街の中心に位置し、多くの学生たちの青春の思い出が詰まった場所でした。

閉店の理由は明確に「経営難」とされています。物価上昇、人件費の高騰、そして後述する新村商圏の急速な衰退が重なり、17年間守ってきた店を手放さざるを得なくなったのです。

📌 この記事の要点

  • セマウル食堂新村店が2025年10月末に閉店、17年の歴史に幕
  • 「ロト当選を願ったが当たらず」というユーモラスな閉店案内が話題
  • 新村の小規模商店空室率は18.3%と前年比でほぼ倍増
  • 延世大学の松島キャンパス移転や新型コロナが商圏衰退の要因
  • 明洞は観光客回復で空室率1.8%、学生街との明暗くっきり

新村はどんな街?─韓国学生文化の中心地

新村(シンチョン)は、ソウル特別市西大門区に位置する繁華街です。「新しい村」を意味するこの地名の通り、1960年代から大学を中心に発展してきました。

この地域には、韓国を代表する名門私立大学である延世大学と、名門カトリック系大学の西江大学があります。さらに、隣接する梨大(イデ)地区には梨花女子大学もあり、3つの有名大学が集まる「学生街の聖地」として知られてきました。

1990年代から2000年代にかけて、新村は若者文化の最先端を行く街でした。おしゃれなカフェ、安くて美味しい飲食店、古着屋、ライブハウス、カラオケ店が軒を連ね、週末には全国から若者が集まる場所でした。セマウル食堂新村店が開店した2008年は、まさに新村が最も活気に満ちていた時期だったのです。

日本から韓国を訪れる観光客にとっても、新村は「本当の韓国の若者文化を体験できる場所」として人気がありました。明洞のような観光地とは違い、地元の学生たちと同じ空気を吸える、リアルな韓国を感じられる街として愛されてきました。

新村商圏の衰退─何が起きたのか

しかし、2010年代に入ってから新村の状況は一変します。複数の要因が重なり、かつての活気は徐々に失われていきました。

延世大学の松島キャンパス移転(2010年)
最も大きな打撃となったのが、延世大学の新入生受け入れ体制の変更でした。2010年から、新入生は最初の1年間を仁川市の松島国際キャンパスで過ごすことになったのです。これにより、毎年数千人規模の新入生が新村から姿を消しました。新入生は消費活動が最も活発な層であり、飲食店や衣料品店にとって重要な顧客層でした。

新型コロナウイルスの長期化(2020〜2022年)
2020年初頭から世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックは、対面での飲食や交流を基盤とする学生街に壊滅的な打撃を与えました。韓国でも長期にわたる外出自粛要請や営業時間制限が実施され、多くの飲食店が客足の途絶えを経験しました。

デリバリー文化の急速な普及
コロナ禍を経て、韓国では配達アプリ(배달앱)による食事デリバリーが爆発的に普及しました。わざわざ店舗に足を運ばなくても、スマホ一つで手軽に食事を注文できる時代になったのです。これは飲食店にとって新たな販路である一方、店舗の客足減少と高額な手数料負担という二重の課題をもたらしました。

物価上昇と人件費高騰
2022年以降、韓国では急激なインフレが進行しました。食材費や光熱費が上昇する中、最低賃金も継続的に引き上げられ、小規模飲食店の経営を圧迫しました。特に学生街では、価格を大幅に上げることが難しく、利益率の悪化に苦しむ店舗が増えました。

ソウル市の調査によると、2024年初めの時点で新村・梨大一帯の小規模商店の空室率は18.3%に達しました。これは前年同期と比較してほぼ倍増しており、5軒に1軒が空き店舗という深刻な状況です。かつて賑わった新村大通りには、「임대(賃貸)」の看板が目立つようになりました。

対照的な明洞の回復─観光客がもたらす明暗

新村の苦境とは対照的に、ソウルの代表的観光地である明洞(ミョンドン)は急速に回復を遂げています。ソウル市のデータによると、明洞の空室率はわずか1.8%まで低下しました。

この差を生んだ最大の要因は「外国人観光客」です。2023年以降、コロナ禍で途絶えていた訪韓観光客が戻り始め、特に中国や東南アジアからの観光客が急増しました。明洞は化粧品ショップ、免税店、韓流グッズショップが集まる「観光客のための街」として再び活気を取り戻したのです。

一方、新村のような学生街は観光客の訪問が少なく、地元の若者の消費に依存する構造です。学生人口の減少と消費パターンの変化が直接的に商圏の縮小につながったのです。

この構図は、東京で例えるなら「銀座・渋谷は回復したが、高田馬場・下北沢は苦戦」という状況に似ています。グローバルな観光需要を取り込める街とそうでない街で、明暗がくっきりと分かれているのです。

セマウル食堂とは─韓国焼肉チェーンの代表格

セマウル食堂(새마을식당)は、2004年に創業した韓国の焼肉チェーンです。「セマウル」とは韓国語で「新しい村」を意味し、1970年代に韓国で推進された農村開発運動「セマウル運動」に由来しています。

このチェーンの特徴は、リーズナブルな価格設定と豊富なメニューです。看板メニューの「豚カルビ(돼지갈비)」や「豚トロ焼き(삼겹살)」は、学生でも気軽に食べられる価格帯でありながら、本格的な味わいが楽しめると評判でした。

店内は昭和の日本の食堂を思わせるレトロな雰囲気で、壁には創業者の経営理念や励ましの言葉が掲示されています。「一生懸命働けば報われる」「お客様に感謝」といったメッセージは、韓国の高度成長期の精神を体現しています。

2025年現在、セマウル食堂は韓国全土に約200店舗以上を展開しており、今回閉店した新村店は個別店舗の経営難による閉店であり、チェーン全体が撤退したわけではありません。しかし、象徴的な店舗の閉店は、韓国の飲食業界全体が直面する厳しい現実を浮き彫りにしました。

SNSで広がる惜しむ声と思い出

閉店案内がSNSで拡散されると、多くの人々が思い出を投稿しました。

「大学時代、お金がない時はいつもセマウル食堂だった」
「新入生歓迎会で初めて先輩たちと飲んだのがここでした」
「試験期間が終わるたびに友達とここで焼肉を食べるのが恒例だった」
「日本から遊びに来た友達を案内した思い出の場所」

特に印象的だったのは、「ロト当選を願ったが当たらず」という閉店案内の文面に対する反応でした。多くの人が「こんな時でもユーモアを忘れない姿勢に涙が出た」「最後まで笑顔で送り出してくれる優しさに感動した」とコメントしています。

韓国の人気YouTuberも閉店を惜しむ動画を投稿し、「新村の象徴が一つ消えた」「学生時代の思い出がまた一つ遠くなった」と語りました。閉店前の最後の週末には、別れを惜しむ客が列を作ったといいます。

また、日本人の韓国留学経験者からも「延世大学に留学していた時、週に3回は通ってた」「韓国の友達との大切な思い出の場所がなくなって本当に寂しい」といった声が上がっています。

韓国飲食業界の今─生き残りをかけた戦い

セマウル食堂新村店の閉店は、個別の事例ではありません。韓国の飲食業界全体が、かつてない厳しい環境に直面しています。

自営業者の廃業増加
韓国統計庁によると、2023年の飲食業廃業率は過去最高水準に達しました。特に個人経営の小規模店舗の廃業が顕著で、開業から3年以内に閉店する割合が50%を超える地域もあります。

配達アプリへの依存とジレンマ
生き残りのため多くの店舗が配達サービスに活路を見出していますが、配達アプリの手数料は売上の15〜20%に達します。これは利益率の低い飲食店にとって重い負担であり、「配達なしでは生き残れないが、配達では儲からない」というジレンマに陥っています。

最低賃金の上昇
韓国の最低賃金は2024年時点で時給9,860ウォン(約1,080円)に達し、この10年で約2倍に上昇しました。これは労働者にとっては喜ばしいことですが、小規模飲食店の経営を圧迫する要因となっています。

若者の消費パターンの変化
現在の韓国の若者(MZ世代)は、親世代とは異なる消費行動を取ります。「フレックス消費」と呼ばれる、興味のある分野には惜しみなく使うが、それ以外は極端に節約するスタイルが主流です。日常的な外食よりも、SNS映えするカフェやレストランに予算を集中させる傾向があります。

こうした環境の中で、従来型の大衆飲食店は大きな転換を迫られています。セマウル食堂のようなチェーン店でさえ、立地や経営状況によっては撤退を余儀なくされる時代になったのです。

新村は復活できるか─今後の展望

新村商圏の未来について、専門家の見方は分かれています。

楽観的な見方
一部の専門家は、新村が「第二の成長期」を迎える可能性を指摘しています。空室率の上昇により家賃が下落し、これまで進出できなかった若い起業家やクリエイターが店を開きやすくなるというのです。実際、最近の新村では小規模な独立系カフェ、ビンテージショップ、個性的なバーなどが増えつつあります。

また、リモートワークの普及により、学生以外の若い世代も新村のようなアクセスの良い副都心に注目し始めているという指摘もあります。

悲観的な見方
一方で、構造的な問題が解決されない限り回復は難しいという見方もあります。延世大学の松島キャンパス制度が続く限り、学生人口の減少は避けられません。また、デリバリー文化の定着により、わざわざ街に出て食事をする文化自体が衰退している可能性があります。

さらに、韓国全体の少子化により、今後大学進学者数そのものが減少していくことも懸念されています。学生街というビジネスモデル自体が時代に合わなくなっているのかもしれません。

行政の取り組み
西大門区は新村商圏活性化のため、様々な施策を打ち出しています。歩行者天国イベント、文化祭の開催、空き店舗のリノベーション支援などが実施されていますが、目立った成果はまだ見えていません。

今後、新村が再び活気を取り戻すには、単なる飲食店街ではない、新たなアイデンティティの確立が必要かもしれません。文化・芸術の発信地、スタートアップの集積地、あるいは「懐かしさと新しさが共存する街」といった、明確なコンセプトが求められています。

よくある質問(FAQ)

Q1: セマウル食堂は全店閉店するのですか?

A: いいえ、今回閉店したのは新村店のみです。セマウル食堂は韓国全土に約200店舗以上を展開しており、チェーン全体が撤退するわけではありません。他の店舗は通常通り営業を続けています。

Q2: 新村には他にどんなお店がありますか?

A: 新村には依然として多くの飲食店、カフェ、ショップがあります。特に新村メインストリートには韓国料理店、カフェ、ファッションブランド店が並んでいます。ただし、空き店舗が増えているのも事実です。

Q3: 日本から韓国旅行に行く場合、新村は訪れる価値がありますか?

A: はい、訪れる価値はあります。明洞のような観光地とは違う、地元の若者文化を体験できる場所です。ただし、以前ほどの活気はないため、過度な期待は禁物です。カフェ巡りや古着屋探しには良いエリアです。

Q4: 韓国の他の学生街も同じような状況ですか?

A: 多くの学生街が似た課題に直面しています。弘大(ホンデ)はまだ活気がありますが、建国大学周辺などは空室率が上昇しています。一方、江南エリアは依然として好調です。立地と再開発の有無が明暗を分けています。

Q5: セマウル食堂の看板メニューは何ですか?

A: 看板メニューは「豚カルビ(돼지갈비)」と「豚トロ焼き(삼겹살)」です。特製のヤンニョム(タレ)で味付けされた豚肉を鉄板で焼くスタイルで、キムチやサンチュ(葉野菜)と一緒に食べるのが定番です。価格は1人前8,000〜12,000ウォン程度です。

まとめ

セマウル食堂新村店の閉店は、単に一つの飲食店がなくなったという以上の意味を持っています。それは、韓国の学生街が直面する構造的な変化と、飲食業界全体が抱える課題を象徴する出来事でした。

2008年から17年間、多くの学生たちの青春を見守ってきたこの店は、「ロト当選を願ったが当たらず」というユーモアを最後まで忘れない姿勢で幕を閉じました。その温かさと誠実さが、多くの人々の心に響いたのでしょう。

新村の空室率18.3%という数字は深刻ですが、これは新たな可能性の始まりでもあります。家賃の下落により、これまで進出できなかった若い起業家が挑戦しやすくなるかもしれません。セマウル食堂新村店が閉店した場所に、いつか新しい形の「思い出の場所」が生まれることを期待したいものです。

韓国旅行を計画している方は、変わりゆく新村を自分の目で確かめてみてはいかがでしょうか。そこには、ガイドブックには載っていない、リアルな韓国の今が見えるはずです。

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